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苦言か堪えるか

以前勤務していた会社で「気付いていることを相手に言わないことは愛情が欠如している」と厳しく言われた。
確かに子供の頃も、友人が間違えていたり悪いことしていたりしたら、お互いが嫌な気分になるとしても、きちんと意見を伝え正すことが大切であり友情であると言われ納得をしたものだ。
高校生の頃に言いにくい欠点などを指摘してくれる友人はありがたく信頼が増した経験がある。
苦言を呈すという言葉も古来よりある。

山本五十六元帥は言いたいことを堪えることが男の修行と言っておられる。
この相反することに対し私はどちらが正しいのだろうと迷うことがある。
臨機応変に対応すればよいのだろうが、それではブレてしまい「やはりきちんと伝えるべきであった」とか「言わない方がよかったのでは」と思う事が多々あった。

先日、論理破綻しているにも関わらず自分だけが正しいと疑わず攻撃的に主張をする「おばさん」に出会ってしまった。
論破する余地は大いにあるが、相手には他者の言葉を理解しようとする気持ちなど微塵も感じられず、不毛な議論になることは簡単に予測できた。
そもそもその姿勢の醜さに呆れ腹が立った。
しかし同時にそれは私が相手の為と称し自分の心象を伝えることすなわち苦言を呈していると思っていることは、その内容が論理的に整合性があっても、相手を責めるだけの、それはまるで「おばさん」の理不尽な我儘な不満の排泄と大差がないのではないかと思った。

だから私は明らかに相手にとって有益であると強く確信できる事以外は、自分が苦言と思っている心象意見を伝えることはやめようと思う。
仕事柄的にも山本五十六元帥の教えに従う事が筋であろう。
元帥は修行と言っておられるが、その方がきっと楽な人生なのではと思う。

例えば大きな組織に対しクレームを申し上げても、電話を受けたオペレーターが嫌な思いをするだけで、自分の意見が他組織に変化を与えられると考えることは大きな驕りであると思う。小さなことや個人の事でも然り。
きっとありがちなクレームは随所で「おばさん」達が様々沢山伝えてくれている事だろう。
私が偉そうにその責務を負う必要はない。
ましてや怒りに任せて不平不満を排泄するような「おばさん」のような人間ではありたくない。

昔読んだ反体制的な本に「男のおばさん」という言葉があった。
私が言う「おばさん」とは、中年女性を指して社会悪だと言っている訳ではない。
いわゆる「おばさん」と言われるような人に問題がある訳で、性別や年齢は関係なく「おばさん」は存在している。
「おばさん」とは「オタク」のように人をカテゴライズする言葉なのだ。
「おばさん」な中年女性は今風に言うと「リアオバ」と言ったところか。
「リアオバ」は昔の「つっぱり」のようにわかりやすいが「隠れオバ」は厄介である。

ここが男の修行処であろう。
そう思えばこれも愉快。HPが上昇してしまいそうである。


楽しく優しく穏やかに生きていきたいと思う。

こんな事を思う日が来るとは思わなかった。
長く生き過ぎたのか。

宮部先生の影響かもしれません。

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プロフィール

someyagunsoh

Author:someyagunsoh
代表取締役社長 染屋雅俊

1965年4月27日生
千葉県佐倉市出身

陸上自衛隊 レンジャー課程修了
慶應義塾大学文学部中退
元進学塾・予備校数学教師
教育事業コンサルタント

大叔父は海軍上等兵曹染屋雄三
横須賀第二陸戦隊所属。海軍第五根拠地隊司令部付。
昭和19年7月サイパン島にて玉砕。

青春を護国に捧げ独身のまま戦死した子孫のいない大叔父の孫として生きる。

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