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スリランカ元大統領ジャヤワルダナ氏をご存知でしょうか?

1951年、サンフランシスコ講和会議は連合国側の思惑が錯綜し高額な賠償金やソ連が日本の分割統治を要求するなど、日本に対していかなる制裁措置を取るかで議論は紛糾しました。

そのような中、会議の流れを一変させる演説が行われたのです。
セイロン代表として出席したジャヤワルダナ氏は
「日本の掲げた理想に独立を望むアジアの人々が共感と尊敬を覚えたことを忘れないで欲しい」
と述べ、また、
「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である」
という法句経の一節を引用して、
セイロン(現スリランカ)は日本に対する賠償請求を一切放棄する旨の演説を行いました。

これにより、多くのアジア諸国が今までの日本との関わりや恩恵と、また、同じアジア民族である日本が戦ったのはアジア人を搾取した白人国家だったのだと再認識させることでアジアの一体感を呼び覚ましました。
欧米諸国の代表にも、その博愛と寛容の精神は静かな感動を与えました。
この演説は各国の賛同と賞賛を得、これによって日本は国際社会に復帰できる道筋が作られ今日の平和を享受することができたのです。

ジャヤワルダナ氏は、遺言に次のような一文を書き残しています。
「自分はこれからもスリランカと日本という二つの国の行く末を見守りたい。だから、二つの目の角膜の一つをスリランカ人に、もう一つを日本人に移植してほしい」
この遺言どおり、片目の角膜は日本に住む女性に移植されました。

吉田茂元首相曰く
「スリランカへの恩を、日本人は未来永劫伝えなければならい」

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プロフィール

someyagunsoh

Author:someyagunsoh
代表取締役社長 染屋雅俊

1965年4月27日生
千葉県佐倉市出身

陸上自衛隊 レンジャー課程修了
慶應義塾大学文学部中退
元進学塾・予備校数学教師
教育事業コンサルタント

大叔父は海軍上等兵曹染屋雄三
横須賀第二陸戦隊所属。海軍第五根拠地隊司令部付。
昭和19年7月サイパン島にて玉砕。

青春を護国に捧げ独身のまま戦死した子孫のいない大叔父の孫として生きる。

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