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電話好きの年配者がビジネスマンにどう思われているか。という話

とあるビジネス記事の引用。
私もコンサル会社でビジネスマンとして躾けられたのでほぼ同意見です。
まぁ当事者には伝わらないんだろうけどね((´;ω;`)
また憂鬱な日々が始まる。。。。。


ホリエモンこと堀江貴文が、電話嫌いであることは有名だ。
突然かかってくる電話にいちいち応対していたら、自分の仕事が中断されて、リズムが崩れるし、メールをもらえれば一瞬でわかるような用事でダラダラ電話されれば、貴重な時間が奪われる。
「電話をしてくる人とは仕事をしない」と徹底している。

ホリエモンの言い分には、私も完全に賛同する。
電話する必要がないような用事で電話をかけてこられて、自分の時間が奪われるのが、とにかく腹立たしい。

メールでコミュニケーションできないのは、思考が整理されていない証拠。
つまり、伝えるべきことを適確に伝えるのがヘタなのだ。
電話は仕事のできない人間がするものであり、そんなヤツらに、仕事のジャマをされたくない。

「ホリエモンのような考えは極端であり、世の中の多くの人間はそう思っていない」

と考える人もいるかもしれないが、30代以下の世代は、幼少からメールやLINEなどの文字でのコミュニケーションに慣れているので、電話は必要最小限しか使わない人は多い。

どうでもいい用事で電話をかけてくるような人に対しては、いまの若者は嫌悪感を示しても不思議ではない。
仕事で無神経に電話をかけまくっている人は、陰で「使えない」というレッテルを貼られているかもしれないので、自粛したほうがいい。

出典:成毛眞著『一秒で捨てろ! 人生がときめく「逆転の整理術」』(PHP研究所刊)

次女の夏休みの課題

次女の夏休みの課題で戦争映画を観て感想文を書くというものがあった。
「ライフ・イズ・ビューティフル」を勧め共に観る。
意外に思うかもしれないが、心理学を専攻しフランクルを敬愛する私としては迷わず一択。
 
次女は何を感じただろうか?
タイトルの意味を考えて欲しいと思う。

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娘が死について考える

三女が大切に育てていたハムスターが逝ってしまった。
この種類のハムスターの寿命は2年~2年半だそうだ。
2年3か月。
ちょうど平均値。
まるでタイマーがあるかのように小さな命は止まってしまった。

写真はハムスターが2歳の誕生日。
三女が色々調べてハムスター用のケーキを作った。

もう次は無いだろうと覚悟はしていた。
 
 
家のペットではなく三女の家族。
三女の誕生日プレゼントとしてやってきた。
我が家にやってきた初めての動物。

我が家で一番チビだった三女がこの日からは、お世話をされる人からお世話をする人に。
ほとんどすべてのお世話を三女がした。

本を買ったり図書館で調べたり、体重を量って食事を管理して遊ぶ時間も決めてストレスに注意して・・・

三女はお姉さんと言うよりはお母さん。
本当に大切に育てていた。
1日でも長く一緒にいたいと願っていた。
 
 
 
三女と話をした。

苦しむことなく寿命まで生きてきっと幸せだったよ。
長く生きれば幸せなのかな?
三女は迷わず言う。
「幸せは時間の長さじゃなくて、どれだけ愛されたかで決まるんだよ。」
ならば父は迷わず思う。
幸せだったよ。
君の愛はきっと伝わっていたよ。

天国に行けたかな?
ハムスターの天国ってどんな所だろう?
寂しくはないかな?
お母さんや姉妹に会えて一緒にいるかもしれないね。
一番長生きしてみんなが待っていたかもね。
 
 
 
もうハムスターは飼わないという。

違うハムスターは来夢花ちゃんじゃない。
違うハムスターを飼ってだんだん来夢花ちゃんを忘れて行ってしまうのは嫌だ。

人生で初めての気持ち。
もうこんな気持ちになりたくないと言っていたけど、
このつらい気持ちをも大切にしたいと思ったのだろう。
 
 
また一番チビに戻ってしまったね。
元気が出るまで父さんがお世話をするね。



弊社の商品に動物の毛が付いていた場合、それはペットではなく防寒服や飛行服の毛皮が脱毛したものです。
事務所や倉庫はもちろん、自宅にも犬猫はいません。

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「社会の役に立つ」とは何か①

先日機会があって「文学は社会の役に立つか」というテーマの小論文を読む機会があった。
文学好きが文学愛を語るものが多い中、「障碍者は社会の役に立たない」と言う理由で殺害をした事件を引き合いに出しているものがあった。
その論文は「社会の役に立つかと問う社会を問う」というテーマのもので着眼が面白いが、私にとって充分な結論を得るものではなかった。
「社会」を明確に定義して納得ができなければ何を論じても意味がない。
そんなことをモヤモヤと考えていた私にひとつ興味深い話があった。

それは「弱者を税金で生かしているのはどうしてなのか」という問いに対するネット上での回答である。
この問いは、世の摂理は「弱肉強食」であって、それが進化や種の繁栄を支えているのではないか。
という優性保護的な考えに基づいている。

私の解釈を加え要約すると以下のような内容である。

実際の自然界は「弱肉強食」ではありません。
弱いからといって喰われるとは限らないし、強いからといって食えるとも限りません。
現実に虎は兎より強いですが、兎は世界中で繁栄し、虎は絶滅の危機に瀕しています。

自然界の掟は、種のレベルにおいては「適者生存」です。
全ての個体は、多少の寿命の差こそあれ、最終的に必ず死に「喰われ」にます。
なので個体間の寿命の違いは、自然界全体で観れば意味はありません
ある犬が2年生き、別の犬が10年生きたとしても、それはほとんど大した違いは無く、どっちでもいいことです。
10年生き延びて子を1匹しか生まなかった個体と、2年しか生きられなかったが子を10匹生んだ個体とでは、後者の方がより「適者」として「生存」したことになります。

「生存」が「子孫を残すこと」であり、「適応」の仕方が無数に可能性のあるものである以上、どのように「適応」するかはその生物の生存戦略次第ということになります。

「強い者」が残るのではなく、「適した者」が残るんです。
必ずしも活発なものが残るとは限らず、ナマケモノや深海生物のように極端に代謝を落とした生存戦略もあります
「適応」していれば、強いか弱いかは関係ありません。

人間の生存戦略は、、、、「社会性」
高度に機能的な社会を作り、その互助作用でもって個体を保護する。
長期の生存が不可能な個体も生き延びさせることで、子孫の繁栄の可能性を最大化する、、、、という戦略です。

どれだけの個体が生き延びられるか、どの程度の”弱者”を生かすことが出来るかは、その社会の持つ力に比例します。
人類は文明を発展させることで、前時代では生かすことが出来なかった個体も生かすことができるようになりました。

「優秀な遺伝子」というものは無く、あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」です。
遺伝子によって発現されるどういう”形質”が、どういう環境で生存に有利に働くかは計算不可能です。

現代社会の人類にとって「障害」としかみなされない形質も、将来は「有効な形質」になってるかもしれません。
だから、可能であるならばできる限り多くのパターンを抱えておく方が、生存戦略上の「保険」となるのです。

アマゾンのジャングルに一人で放置されて生き延びられる現代人はいないといってよいでしょう。
ということは、「社会」というものが無い生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということです。
その「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略なのです。


頭良さそうに見えないというご意見を頂いたので、今回はちょっと知的なお話でした((笑)

秘密結社

今日は日本のフリーメイソンと噂される団体の地元支部の総会へ出席します。
日本の政治経済の裏事情に詳しい方なら察しが付くかと思います。
質問にはお答えできません。

先月この団体に少し触れた本が出てたけど出版社大丈夫かな?w

今日はセンター試験初日

うちの高3の長女も朝5時起きで参戦しました。

うちはもう志望大学の合格が出ているのですが、高校の熱血H先生の方針で大学進学者は強制全員受験とのことです。

受験料を払わされ嫁は激怒しています。

しかし昨夜、小学生の三女に「鉛筆削りと文字の入っていないHBの鉛筆を貸してくれ」とか「父ちゃん腕時計を貸してくれ」とか、ちょっと緊張して準備をしている姿を見ると、まあセンターを受けさせようとする高校教師の意向もわからなくはない気がしました。

評定平均が4,5を超えるが高校の指定校推薦に希望大学の学部がないためセンター『ガチ』受験の親友のお供で、2人で会場に行くようです。

親友の助けになるのであれば、金を払った意味もあるというものです。
娘の親友の健闘を祈念しています。

さて私は今日一日、塾へ通わせていない中3次女の受験指導です。
残り約3週間。
毎日早めに帰宅します。
悔いの残らぬように出来る事は皆やろうと決意しました。


夕方に迷惑な長電話が来ないことを祈る。

敵兵を救助せよ

2003年10月26日、海上自衛隊の観艦式(かんかんしき)に参列するために、一人の老紳士がイギリスから来日し、初めて日本の土を踏みました。
老紳士は、84歳という高齢に加え、心臓病を患(わずら)っていました。
彼の名は、サムエル・フォール。
彼はサーの称号(しょうごう)を持つイギリスの外交官でした。
彼には、どうしても日本を訪れたい理由があったのです。
「自分が死ぬ前に、どうしても一言お礼をいいたかったのです。この歳になっても、一度として彼のことを忘れたことはありません」

案内された海上自衛隊護衛艦「いかづち」(四代目)の艦内で、フォール卿は艦長以下、関係者たちにしみじみと語り始めました。
あの61年前の壮絶(そうぜつ)な真実を…。
それは、戦後の長きにおいて日本人の誰もが知らなかった、戦場の奇跡の物語でした。

その物語は、太平洋戦争が勃発(ぼっぱつ)した翌年の1942年(昭和17年)2月28日、ジャワ島北東部のスラバヤ沖で起こりました。
当時の戦況は日本が圧倒的に優位で、イギリスをはじめとする連合艦隊は連日、猛攻撃を浴び、当時少尉だったフォール卿の乗るイギリス海軍駆逐艦(くちくかん)「エンカウンター」も日本海軍の戦闘艦に包囲されていました。
そして、砲弾が船に命中しエンジンが停止、そして炎上、海に沈みました。
救命ボートで脱出したフォール少尉たちにとって、本当の地獄はここからでした。
船からもれた重油が目に入り、多くのイギリス兵が、一時、目が見えなくなってしまったのです。
友軍のオランダ軍が助けに来てくれると信じて、海に漂って待っていたのですが、夜が明けても助けは来ません。
すでに漂流から20時間近くたっていました。

その時、突然前方に船が現れました。
希望の光が降り注いだイギリス兵たちは、声を限りに助けを求めましたが、それはあろうことか、日本の戦闘艦だったのです。
日本海軍の駆逐艦「雷(いかづち)」(二代目)でした。

その海域は、潜水艦が出没する最も危険な水域だったので、最高度の警戒体制をとりつつ、イギリス兵を発見したのです。
ざっと数えると400名あまりのイギリス兵。
これは、雷の乗組員220人のおよそ倍の人数です。

絶体絶命のイギリス兵たちは、日本の駆逐艦から機銃掃射されると、最後の瞬間を覚悟しました。
そのときです、雷(いかづち)の工藤艦長が下した決断は、「敵兵を救助せよ!」

「敵の潜水艦に攻撃されるかもしれない」、「救助したとしても自分たちの倍の人数の敵兵に襲われはしないか」、と部下から「艦長は正気なのか」との声も出るほどのありえない決断です。
工藤艦長はある信念を貫きました。
それは、工藤艦長が海軍兵学校の頃から教育された「武士道」でした。
「敵とて人間。弱っている敵を助けずしてフェアな戦いはできない。それが武士道である」

世紀の救助劇はこうして始まりました。
しかし、甲板から縄梯子(なわばしご)をおろしても、衰弱しているイギリス兵の大半は自力で上がれなかったのです。
その報告を受け、工藤艦長は第二の大きな決断をしました。
「一番砲だけ残し、総員敵溺者(てきできしゃ)救助用意」
それは、日本海軍史上、極めて異例な号令でした。
「最低限の人間だけ残し、後は全員救助に向かえ」という命令だったのです。

もはや敵も味方もありません。
イギリス兵も秩序を守り、負傷者、士官、下士官、兵の順で艦に上がってきました。
甲板上では、日本兵にとっても最も貴重な真水や食料を惜しみなく与えました。
そして、その後も、戦闘になった時に燃料が足りなくなる恐れを押して、救助のため船の停発進をくりかえし、遠方にいた漂流者をも救助させました。
「漂流者は一人も見逃すな」との艦長の断固とした命令のもとに。
結局、救助者の総数は422名となりました。

そして、イギリス士官のみを甲板に集め、工藤艦長は端正(たんせい)な敬礼をし、流暢(ちゅうちょう)な英語で次のような言葉を発しました。

「You have fought bravely.(諸官は勇敢に戦われた)」
「Now,you are the guests of Imperial Japanese Navy.(諸官は日本海軍の名誉あるゲストである)」

翌日、イギリス兵たちは、ボルネオ島の港で、日本の管轄下にあるオランダ病院船に捕虜として引き渡されました。
フォール少尉は終戦後、自らの人生を「マイ・ラッキー・ライフ」という一冊の自伝にまとめ、その一ページ目にはこう書かれています。
「この本を私の人生に運を与えてくれた家族、そして私を救ってくれた大日本帝国海軍少佐、工藤俊作に捧げます」と。
フォール卿は、工藤艦長への感謝の念をずっと忘れず、自分が死ぬ前に、誇り高き日本人である工藤艦長にぜひお礼がいいたいと、日本を訪れたのです。

しかし、多くの部下や戦友が亡くなったショックからか、終戦後、工藤艦長は一切戦友と連絡をとらず、ひっそりと余生を過ごし、1979年1月、77年の生涯を終えました。

自らのことを一切語らず亡くなった工藤俊作。
この物語は、フォール卿が来日しなければ誰にも知られることはなかったのです。

出典元:(海の武士道 育鵬社)
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少し前の話題ですが「リメンバー・ミー」という映画を観ました

もう半年以上更新していないこのブログを、楽しみに毎日チェックしているという話を伺いました。
以前にも他の方から同様のお話を頂いたことがあったのを思い出しました。
最近はずっとフェイスブックに記事を書いていたのですが、そちらは見れない方も多くいらっしゃると思いますので、内容が重複してしまいますがこちらにも記事を挙げてゆこうと思います。

ということで。少し前の話題ですが「リメンバー・ミー」という映画を観ました。

ディズニーアニメで主人公の少年が「死者の国」に迷い込んでしまう話。
「死者の国」ではガイコツ達が楽しく陽気に暮らしているが、生きている家族に忘れられてしまうとその存在は消えてしまう。
だから日本の「お盆」にあたる「死者の日」を大切にするメキシコが舞台。


昭和19年にサイパン玉砕で戦死した大叔父の誕生日は2月29日。
珍しい誕生日のお陰で娘たちが覚えていてくれていて嬉しい。
嫁も誕生日には毎年お供え物を用意してくれる。
戦争が無かったら今は102歳だ。

帽子が斜めの下士官が大叔父だ。
昭和18年の正月に赴任先の香港で撮られたものと勝手に推測する。
唯一笑顔の、そして最後の写真。

私たちは決して忘れない。
だから「あの世」で楽しく生き続けていて欲しいと願う。

三女に付き合って観た「リメンバー・ミー」で、そんな事を思った。


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「侵略の世界史」を転換させた零戦の真実

アジア諸国の西欧諸国からの独立に零戦が大きな働きをしたという着眼に注目。
太平洋戦争と呼ぶから無謀な負け戦となるが、先の大戦が正しくは大東亜戦争であることを知らない人が多い。
太平洋戦争とはアメリカが日本との戦争に対する呼称であり、それが今も日本の教科書に書かれ続けている。
だから「日本が悪いことをして負けた戦争。今もアジアの一部の国が怒っているけど意味は良くわからない」と言う認識になる。
先の戦争は「世界大戦」であり、日本に文句を言っている国よりも多くの国が日本に感謝していることを知ると共に、教育現場で隠されていることを考えるきっかけとなれば良いと思う。

糞ゲーム

あまりにも腹立たしい。

巷で流行っているゲームがある。
広島・長崎・沖縄などの平和記念公園などが「バトル」をする場所に指定されているらしい。
爆心地に「ピカ何とか」って奴がいるらしい。

関係各所が削除要請をしても回答が得られていないらしい。(8月2日現在)
アメリカの会社が場所を設定しているらしい。

糞としか言いようがない。


国会議事堂や原発などでも何だか得られるらしい。

ネットに繋がったカメラで重要な場所の映像データを国外へ送信している事になっているのではないか。
立ち入り禁止区域に珍しい奴がいるらしい。

某機関が詳細な構造を知りたい場所に餌やご褒美を置いておけば
浮かれたバカな奴らが膨大なデータを垂れ流す。

誰かが凄い得をするんだろうね。
危ない奴らにデータを盗まれないでね。

アメリカのホワイトハウスや軍事機密エリアにも何だかいるらしい。
ということはこのデータは元より売国奴による第三国への販売目的なのかな。


とりあえずアメリカ様はISのアジトにレアもん置いておけば。

今日見つけた良い言葉

気高さとは他の人より優れていることではない。
本当の気高さは、過去の自分よりも優れていることだ。

矛盾

消臭剤が臭い

呑気な今日この頃

最近は日本人の優れた民族性など幻なのでは思うような残念なニュースが多いですね。

世界に日本人の恥をさらすなら国際的なイベントなど無理にやらなければ良いのにと思います。
経済効果って偉そうに言っても要は儲け話でしょ。
なんか理念も理想も感じられないね。
金儲けのために国が大金使って恥をさらして。

救いは多くの国民が疑問を感じている事でしょうか。
何だか日本にこだわる私としてはモチベーションが低下してしまいます。


昔コンサルタント時代に
「納期のない仕事は仕事ではなく遊びだ」
と言われた事がありました。
教育は納期やゴールが不明確な仕事もあるためちょっと衝撃を受けました。

確かに何にしても目的や納期が不鮮明な仕事はプロのする事ではないのかもしれません。

しかし締め切りのある仕事は心身ともに疲弊しますね。


最近の私は精神衛生に重きを置きと言えば聞こえは良いですが、
要は仕事を怠けて遊んでいます。
とは言え友人がいないので遊ぶのも一苦労ですが。

昨日の町内の運動会の綱引きの筋肉痛に苦悶したりしています。
遊びと言ってもこんな程度ですが、私的には頑張って遊んでいますよ。

いつしか人生をスローダウンしようとするような歳になってしまったようです。
今だけの気まぐれかもしれませんが。
会社を辞めて以来の久々の健康診断の結果の影響も否めないところです。


娘を私立の女子高へ進学させるか呑気に悩んでいたりします。
でも何か当家の経済効果を得る作戦をまず考えなくてはいけませんね。

公立の学校に頑張ってもらうためには国の経済効果が不可欠なのでしょうか。


國が経済効果って言い方をすると国民が豊かになるように感じるけど、実は税収だけの視点に見えますね。
お役人が国民が潤うほど浪費してくれるのかな。
まあ公共事業を請け負う人だけがお役人と接点がある国民でそれが彼らの全てなのだろう。


道路工事が増えて渋滞していたら国民は車で国内旅行に行かないと思うぞ。
史跡の補修も長すぎじゃない?

とは言えまあ内需拡大が行楽費ばかり注目しているのもどうかしているよね。
そもそも当家は家族旅行に行く機会なんでめったにないし。
非国民なのかな。


期末だけの道路工事とバスの回送はそんなにいらないんじゃない?
とりあえず私にはデメリットの方が多いよ。
期末の公共工事は安定雇用の足も引っ張っているんじゃない。
役所の来期の予算請求の為の無駄使いのために労働者を駒扱いして
国民に金を恵んでやっている気になっているのかな?


たまには呑気な文を書こうとそんなタイトルにしてみたのに
書きだしたら結局愚痴でしたね。


パクリ問題は呑気な一時を過ごせたけど
安保から目を逸らさせる陰謀の生け贄かもしれないと思うと恐ろしい事です。
競技場だけでは尺が足らなかったからね。

安保のコメントは書かないつもりだったけど、一言いうと
知性の低い報道内容が多く日本の恥を発信していたように見えました。

まあこれも操作された陰謀かもしれないけど。

芸能人の知り合いから世界は狭いという話

先日インターFMで久しぶりにTHE MAD CAPSULE MARKETS(ザ・マッド・カプセル・マーケッツ)の「神歌」を聴いた。
この曲は歪んだサウンドにデジタルエフェクトという当時では新しいスタイルながら完成度が高い楽曲だ。
古典的なHM・HR好きな私がすぐに「これは良い」と素直に思った。
そして歌詞がまた良く当サイトを訪れる方々にもお勧めできる内容だ。

歌詞を書くと権利が面倒な様なので紹介できないが主たる部分は、
「日出づる国に我あり、日出づる国に神あり、日出づる国に幸あれ」
と言った内容をラップ調の早口で力強く畳み込む。
海外での評価も高いようで、今の立場から改めて感動する。

ここでようやく表題に至るのだが、このMADのボーカルKYONO君は知り合いなのだ。
と言ってももう25年くらい会っていないから向こうは覚えていないかもしれないけれど。
デビュー直前頃に私の自宅に遊びに来たことがあり、その時貸したレコードは未だに返ってきていない。
まあ今戻ってきてもアナログ盤を聴くことはできないんだけどね。
私がメタルギターを弾くこと知るとMAD(当時は別名)メンバーとジャムセッションに誘ってくれたんだけど、
当時はもうあまり弾いていなかったので私が躊躇し結局セッションすることはなかった。
今思うとろくに弾けなくてもメンバーとスタジオで写真でも撮っておけばよかったな。

そんな訳で最近KYONO君はどうしているのだろうと調べてみると、電撃ネットワークのギュウゾウ氏ととても親しいとある。

実はそのギュウゾウ氏とも私は知り合いである。
ギュウゾウ氏は私が結婚する時に連絡をしたら公演先のオーストラリアから祝電をくれたのできっと今でも覚えてくれているに違いない。
ギュウゾウ氏も彼のデビュー直前の知り合いで、電撃ネットワーク結成直前に「今度南部さんとグループを組むので根性がある奴を仲間に探しているのだがお前一緒にやらないか?」と誘われた。
ギュウゾウ氏とは書けないような馬鹿をしていた仲なのだが、彼は当時から強烈でその彼が「根性のある奴」というのは尋常ではないと直感し、レンジャー上がりの私でも思わず「自分にはそれほどの根性はないです」とお断りしました。
電撃ネットワークは多くの方が御存じとは思いますが、私はプロのサソリ喰いにならなくて良かったと思います。

そういえばKYONO君はギュウゾウ氏の自宅でサソリに衝撃を受け「サソリ」と言う曲を作詞したそうで、一歩違ったらそこで再会していたかもしれません。

3人で飯にでも行けたら面白いなと思うが2人ともイカツイので奢ったらえらいことになりそうだ。
いつかそんな2人を飯に誘えるような小金持ちになりたいものである。
その時までどうか私を覚えていて欲しい。(現状覚えている可能性がすでに微妙だが)


そして更にこの話は続く。
今回の話のきっかけとなったMADの神歌をインターFMで流したのは、MADのメンバーと交流のあるジョージ・ウイリアムス君なのだが、彼とも会って色々話をしたことがある。
その時彼にメールアドレスを聞かれたのだが面倒で連絡しなかった事がちょっと惜しまれる。

インターFMでジョージ・ウイリアムス君といえば私は毎週WTF?と言う番組を楽しみに聴いているのだが、そこでジョージ君と共演しているタロー君も電話で話をしたことがある。

私は別に元芸能人という訳ではなく、友達が沢山いる訳でもなく、
神奈川の片隅からほとんど出ることもなく静かに暮らしている。
今は人との付き合いを避け、外で酒を飲むのは年に一度の野球部の同窓会だけだ。


国際的に活躍している色々な人と私が繋がっていて、その人達が繋がりあっていることに不思議な縁を感じます。

芸能人の知り合いから世界は狭いという話でした。

元特攻隊員の方が御来社下さいました

予科練出身 元二等飛行兵曹 阿部金義 殿

大日本帝国海軍
第三航空艦隊 706空攻撃隊 405飛行隊

第4次丹作戦 神風特別攻撃隊
第五御楯隊 台湾台南航空隊
第一次攻撃隊 4番機 陸上爆撃機「銀河」電信員


御来社下さり貴重なお話をご教授頂きました。


第五御楯隊

20年8月5日に第3航空艦隊司令長官臨席の元で別杯を交わし、
日の丸の鉢巻を締め無線柱に南無八幡大菩薩の小旗を掲げ8月7日に台湾へ進出。

800㎏爆弾の尾部を切断し強引に2発を機体に固定し乗員が投下できない状態に兵装。
大本営より8月15日頃に本土空襲後にレイテに帰投する敵機動部隊に対し特攻との命令が発令。

しかし15日の昼過ぎに終戦の連絡が届き、午後3時過ぎに作戦の中止が決定。


昭和3年8月生まれでいらっしゃり最年少の特攻隊員であったとおっしゃっていました。

阿部様


苦言か堪えるか

以前勤務していた会社で「気付いていることを相手に言わないことは愛情が欠如している」と厳しく言われた。
確かに子供の頃も、友人が間違えていたり悪いことしていたりしたら、お互いが嫌な気分になるとしても、きちんと意見を伝え正すことが大切であり友情であると言われ納得をしたものだ。
高校生の頃に言いにくい欠点などを指摘してくれる友人はありがたく信頼が増した経験がある。
苦言を呈すという言葉も古来よりある。

山本五十六元帥は言いたいことを堪えることが男の修行と言っておられる。
この相反することに対し私はどちらが正しいのだろうと迷うことがある。
臨機応変に対応すればよいのだろうが、それではブレてしまい「やはりきちんと伝えるべきであった」とか「言わない方がよかったのでは」と思う事が多々あった。

先日、論理破綻しているにも関わらず自分だけが正しいと疑わず攻撃的に主張をする「おばさん」に出会ってしまった。
論破する余地は大いにあるが、相手には他者の言葉を理解しようとする気持ちなど微塵も感じられず、不毛な議論になることは簡単に予測できた。
そもそもその姿勢の醜さに呆れ腹が立った。
しかし同時にそれは私が相手の為と称し自分の心象を伝えることすなわち苦言を呈していると思っていることは、その内容が論理的に整合性があっても、相手を責めるだけの、それはまるで「おばさん」の理不尽な我儘な不満の排泄と大差がないのではないかと思った。

だから私は明らかに相手にとって有益であると強く確信できる事以外は、自分が苦言と思っている心象意見を伝えることはやめようと思う。
仕事柄的にも山本五十六元帥の教えに従う事が筋であろう。
元帥は修行と言っておられるが、その方がきっと楽な人生なのではと思う。

例えば大きな組織に対しクレームを申し上げても、電話を受けたオペレーターが嫌な思いをするだけで、自分の意見が他組織に変化を与えられると考えることは大きな驕りであると思う。小さなことや個人の事でも然り。
きっとありがちなクレームは随所で「おばさん」達が様々沢山伝えてくれている事だろう。
私が偉そうにその責務を負う必要はない。
ましてや怒りに任せて不平不満を排泄するような「おばさん」のような人間ではありたくない。

昔読んだ反体制的な本に「男のおばさん」という言葉があった。
私が言う「おばさん」とは、中年女性を指して社会悪だと言っている訳ではない。
いわゆる「おばさん」と言われるような人に問題がある訳で、性別や年齢は関係なく「おばさん」は存在している。
「おばさん」とは「オタク」のように人をカテゴライズする言葉なのだ。
「おばさん」な中年女性は今風に言うと「リアオバ」と言ったところか。
「リアオバ」は昔の「つっぱり」のようにわかりやすいが「隠れオバ」は厄介である。

ここが男の修行処であろう。
そう思えばこれも愉快。HPが上昇してしまいそうである。


楽しく優しく穏やかに生きていきたいと思う。

こんな事を思う日が来るとは思わなかった。
長く生き過ぎたのか。

宮部先生の影響かもしれません。

鑑定団による弊害

仕事柄TV番組「なんでも鑑定団」をよく視聴しています。
すると多くの鑑定依頼者が「粘って半額で買いました」というようなエピソードを披露します。
そのためか当社にも値引きを要求したり買取査定額を交渉して引き上げようとする方がいます。

先日こんな電話が掛かってきました。
「これ何ぼになるんじゃ」私「どのお品物でしょうか?」
「だからなんぼまけるんかと聞いとるんじゃ」私「当社ではお値引きは致しておりません」
「なんじゃ負けんのかい。ならいらんわ」

他にも踏み倒しや理解に苦しむ因縁などもあります。
それら名を名乗らない者や偽名を使う者が武士とは思えませんので「仁」により許そうと思いますが、中には武士を気取り批判する者もあり、ならばそれだけの覚悟と道徳を持ち武士道を体現して頂けなければと思います。
「誠」に反し「礼」を欠く者がどうしなければならないのかは武士であればご存じの事と思います。

私は武士の心を持った人にしか販売できないと言っている訳ではありません。
戦争に深い理解のある人にしか販売できないと言っている訳ではありません。
むしろ上記とは逆の方々に広く実物を手に取り感じて頂く事で理解や考察を深めて頂きたいと思っています。

私は戦争を賛美しているのではありません。
戦争の記憶を未来へ伝えることで二度と戦争が起こらないようにと願っています。

当社の品物の多くは武士として生きようとした方々や武士として生きざるを得なかった方々の魂と生き様を未来へ伝えるものです。
「永遠の0」も失われゆく戦争の記憶を未来へ繋ぐことが大きなテーマでした。
戦争を体験された方は間もなく誰も居なくなってしまいます。
現在多くの人が様々な方法で戦争の事実を未来へ伝える努力をしています。

国の為に命を懸けた方々の品物に対し「礼」をもって接して頂きたいと思います。
なぜこれらの遺品に対しそれほどにまで利己的になれるのでしょうか。


モチベーション

前職ではコンサルタントらしくずいぶんモチベーションについて研究し、モチベーション向上の様々な商品を企画開発した。
しかし現在改めて思うにそんなものはただの根性だろう。強いて言えば後ろ盾の帰属意識や自尊感情があればそれで十分だ。
やる気が出ないなどと言っている輩は何をしてモチベーションなど向上しないのだ。
唯一の道は根性を身に付けることだ。

最近はすっかり年を取って死が身近になり恐怖を感じなくなった。
死を恐れないことで様々な恐怖を払拭する事が出来、恐怖に惑わされることなく正しい選択を得ることができる。
哲学的だが生きようとするモチベーションを捨てることが活路なのかもしれない。

武士に二言は無い

武士に二言は無いって出典はどこからなのだろう?
子供の頃流行語のように使っていたけどあまり有名な言葉ではないのかな?

当店は近代の武人に関する御品物を扱っているので御客様も武人の心に理解のある方々なのではと思っておるのですが、最近多数の注文変更や軽率な問い合わせや重箱の隅をつつくような質問など、武人とは程遠い方々の対応に多くの時間を奪われております。
ネットの課題であると思いますが、自己中心的な見識による無責任な発言は自重頂きたく存じます。
武士の二言は恥と知るが良し。

以前鏡の法則という本が流行りました。
大した内容とは思いませんが、周りがうまくいかない理由は自分に起因しており、自己変革で周りの問題も解決できるというものです。
私も自分のあり方を見直す機会と考えたく存じます。

私の軌範は戦陣訓でも武士道でもない。では何ぞや。何処に在りや。

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家系図を書く

子供の自由研究を機に家系図を作成した。
これは私がいつか着手したいと思っていたがなかなか機を得られずにいたものだ。
しかしただ当家の家系図を作成しても子供の主体性が乏しいので、子供の先祖を辿る遡り家系図を作成する事とした。
お盆を利用して当家以外の妻の家系やその父母の家系など普段墓参りをしたことのないところへ親族に案内してもらい墓誌を調べた。
遡り家系図はどんどん先祖が枝分かれをして増えてゆき、多くの人から守られているような感覚になり幸せである。
普段疎遠な親戚ともコミュニケーションがとれ、感謝されたりもして良いことばかりであった。
お勧めです。

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芸術家?

今回は軍装とは全く関係ない話題で失礼いたします。

先日国営TVを観ていたら落ち目の元アイドル歌手の肩書をアーティストと紹介していた。
芸術活動を多角的に進め成果を出しているのかと推察し感心していたのだが、番組が進むにつれ違和感が増す。
結局元歌手というだけでアーティストと呼んでいたのだ。
最近ときどきラジオを聴くが与えられた楽曲をずれた音程で歌っているだけの小娘を音楽に精通した大人がアーティストと呼び、不幸にも小娘たちは自分がアーティストであると信じて疑っておらず、何の憚りもなく自らをアーテイストと呼ぶ。
何かを創造している自負があるのか?

ラジオやTVでアーティストと紹介されいている人々の大半は歌手だ。作詞作曲を自らしていてもそれはシンガーソングライターだ。プロデュースをしていてもそれはミュージシャンであり編曲家であり音楽家だ。単純にプロデューサーと呼べばよい。

そもそもアーティストとは陶芸や絵画など複数のジャンルで活躍していたり、カテゴライズが難しい前衛的な芸術を行う者への呼称ではないのか。
まさに芸術的と呼べる古今の作曲家を誰もアーティストとは呼ばない。なのに商業的に与えられた曲をTVで口パクしている輩がなぜアーティストなのか?

この疑問に一石を投じるためだけに私は音楽的成功を収めアーティストとして紹介されたときに「アーティストではなく職業歌手です」と答えたい。
しかし私は致命的な音痴なため大和魂を持ってしても可能性は極めて低い。だからきっといるであろうアーティストと呼ばれることに違和感を感じているミュージシャンを探して応援したいと思う。

訳の分らん若輩者をアーティストと呼んでチヤホヤするのが現代日本の文化なのかもしれない。
しかし言葉の意味が曖昧になることは各種の社会不安の元凶となり危険である。
杞憂であることを願う。

今は無き愛器。青春時代の夢はロックギタリストでした。でもアーティストではありませんよ(笑)
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成熟せよ

総理大臣や政府国家をやみくもに批判する人間が多く誠に残念である。慎重な対応をすれば「遅い。無能」と批判し、迅速な対応をし不具合があれば「無策、場当たり」と批判をする。
批判をしている人たちはどうしたいのだろうか?

私には、この危機に乗じて日本を衰退させようとする敵対国の工作なのではとしか思えない。
政府や関係者へ罵声をあびせて自身はなにも復興への行動をしないことは、復興へ大きな責任を負って尽力している人たちを疲弊させモチベーションを低下させ、すなわち復興を阻害している。

政権を交代させたいのであれば民主党や管総理を引きずり降ろしても仕方がない。現政府を超越して政権を獲得しなければ今より良い体制にはなりえない。1位を追い越さず脱落によって得た勝利は2位である。
管直人は無能だとか東電がうそつきとか政府は補償をしろとか、自分自身が影響を与えられないことに関心を寄せてネガティブな言葉を連呼していても状況は改善しない。自分は今後どうしたいのか?そのために今の自分に何ができるのか?そう考え行動するべきである。

特攻隊員がなぜ笑顔で出撃できたのか。
洗脳されていたとか時代だからとか薬物を使用していたとか、そのような理解しかできない人間は日頃から依存した幼い人格と言わざるを得ない。
彼ら若き飛行兵の多くは学鷲と呼ばれる出陣学徒だ。政治や国際関係を学ぶ者も多く戦局を冷静に分析することができた。すなわち彼らの多くは特攻攻撃によって戦局を逆転できるとは考えていなかった。間もなく訪れる日本初の敗戦に向けて講和を有利にするために自分に何ができるかを考えた結果が自爆攻撃なのだ。全員がそうであったとは言わないが多くの特攻隊員は誇り高く出撃したのだ。
彼ら学徒が政府の政策批判などしようと思えば議論は尽きず素晴らしい意見も多数出たかもしれない。しかしそんなことは意味がなく時間と労力の無駄で意欲を挫くだけなのだ。国家存亡の危機に直面しては自分ができることに集中し死力を尽くすのみ。

高い所から無責任に政府への文句を言い続けている人。補償だ賠償だと働きもせず元気いっぱいにたかっている人。日本を滅ぼしたいのですか?
自国の悪口を言うことが天下国家を語ることだと思っているのだったら愚の骨頂である。私利私欲を取り戻すことが復興と思う犠牲者もしかり。
他者に依存した未熟な生き方をやめ自立して自分ができることに尽力しよう。自分が目指す方向を見失わず進もう。
卑劣な報道に流されるな!

太平洋の奇跡

サイパンで戦死した御叔父の生き様を垣間見るべく映画を楽しみに拝見致しました。
内容につきましては原作を繰り返し何度も拝読しておったため不満や疑問に感ずる部分も多々ありました。しかしながら敗戦前の日本人の価値観や誇りに迫ろうとする姿勢が感じられ好感を持ちました。
サイパン戦没者の遺族として、サイパン島の日本兵が誇り高く戦ったことを実話として映画化して頂いたことは誠に感謝に堪えません。
今では日本人であっても劇中の米軍司令官の様に日本人の価値観を理解できない人が多くいらっしゃると思います。一人でも多くの方がこの映画から日本人の心を感じ、自分自身へ落とし込んで頂きたいと願います。

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プロフィール

someyagunsoh

Author:someyagunsoh
代表取締役社長 染屋雅俊

1965年4月27日生
千葉県佐倉市出身

略歴
陸上自衛隊
慶應義塾大学 文学部
元進学塾・予備校教師
教育コンサルタント
[7Habits]公認講師

大叔父は海軍上等兵曹染屋雄三
横須賀第二陸戦隊所属。海軍第五根拠地隊司令部付。
昭和19年7月サイパン島にて玉砕。

青春を護国に捧げ独身のまま戦死した子孫のいない大叔父の孫として生きる。

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